Greetings from Lover's Lane
ブルース・スプリングスティーンについて、なにもかも。
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"The Ghost Of Tom Jord Tour'97 In Tokyo,Japan
 次は、もう無いかもしれないし、最初で最後かもしれない、と、4公演全部、席を押さえた。東京国際フォーラムなんてホールで観られる事が奇跡だ!と想った。仕事を定時で切り上げ、ダッシュで有楽町迄向かったものの、やはり開演まで、本当にブルースが登場するのか、半信半疑だった。



 初っ端から、"The Ghost Of Tom Jord"で、本当に、声とギターとハープの音が降ってくるみたいだった。"こんばんは" "あえてうれしいです"と日本語でMCを入れて、"Atrantic City"のイントロが鳴って、一瞬にして全身に、強烈な一撃を喰らった。鳥肌。MCをきちんと準備していたようで、"この歌は父と子供の歌です"と"Adam Raised Cain"の前に。"Murder Incorporated"や、"Two Hearts"といったアコースティックアレンジが活きないかも、、、というようなナンバーまで披露したあと、"Born in The USA"を。このブルースアレンジは強烈だった!いわゆる、
型通りのブルースアレンジじゃない、場末のブルースジョイントで、無造作にバッとやる感じ!なにもかもキチンとフィクスされてない分、普段、こうやってギター弾いてるんだろうな、って想いながら観てた。そして、"Spare Parts"は、逆にこのギター1本のアレンジのほうが、歌の骨格やストーリーがより、生々しくむき出しで伝わってくるようで、グッと心の奥に入り込んだ感じがした。やはり、発表されて間もない"The Ghost Of Tom Jord"のナンバーより、聴き、馴染んだナンバーの、アレンジの変わりっぷりにどうしても、耳がいってしまった。"Bobby Jean"なんて、ディランがうたったら、さもありなん的なスタイルだったし、"Lucky Town"から唯一披露された、"If I Should Fall Behind"は、サラッと唄われてはいたけれど、この先、長く歌い継がれるナンバーになるのかもしれないな、と初めて想った。大ラスは、ギターをパーカッション的にたたきながら、うたう"The Promised Land"だった。今回のツアーで披露されたナンバーは、E Street Bandのバンドサウンドの力を借りなくても、十分に「歌」として屹立していることに驚いた。逆にブルースがバンドの力を借りたくなる時は、どういう時なんだろう?と考えたりもした。基本4日間とも、セットはほぼ同じで、数曲入れ替わる程度だったが、"Johnny 99"と、新作から"Straight Time"が聴けたのがサプライズだった。それでもやっぱり、自分がもしネイティヴだったら、と、もどかしく想いながら、帰路についた。
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"トムジョードの亡霊"
 "The Ghost Of Tom Jord"は、スタインベックの"怒りの葡萄"を読んだりして、分かろう、理解しよう、と試みながら 何度も聴いたアルバムだった。音楽的には、ウッディーガスリーからのフォークの系譜を引き継ぐようなスタイルで今のスプリングスティーンの文脈で伝えたいストーリーがあるんだろう、と感じた。
 "ネブラスカ"を最初に聴いた時も、やはり、歌のストーリーの中に、全てがあり、それを 限りなくそのままの状態で聴き手に届けたいと考えて、デモをそのまま出したんだろうと考えた。まぁ、サウンドは、コンテンポラリーフォークのエリアのサウンドで、1stシングルの"The Ghost Of Tom Jord"は、翌年のグラミーの授賞式でも唄われたが、やはり、歌の背景にあるものの、個人的な理解に乏しかったこともあるのか、すんなりと入ってくるものと、そうでないものがあった。"Tunnel Of Love"あたりからキリスト教的な"神"のモチーフが いくつかの歌に登場するようになってきていたし、どこにも行き場のない、絶望的な状況で、思わず唸り声を上げそうなぐらいに
どんづまりの主人公たちが、歌の中で生きているのが伝わって来た。"Straight Time"の描写は、もう、怖いぐらいにリアリティがあったし、ミュージシャンである友人の一人も、これは、下手にカヴァーできない、と断言していた。アルバムをリリースしてから、ブルースは、ソロのツアーに出る。前回のツアーあたりから、ラジオで放送されたライヴ音源が比較的容易に入手できるようになってきて、今回も、ラジオで放送されたシークレットライヴが聴けた。いくつかの旧作のアコースティックギター1本での演奏に、やはり耳を奪われた。"Darkness~"や
"Does This Bus Stop At 82nd Street?"とか。そして、ブルースのギタリストとしての凄まじい迄の腕前も、バンドの時とは違った直接性をもって伝わって来た。

 そして、また、いくつかの映画のサントラに主題歌を提供し、それも社会的なメッセージ性の強いテーマの作品ばかりだった。まぁ、監督が指名するばあいもあったろうし、ショーンペンや、ジャックニコルソンといった錚々たる出演者に対するブルースの憧憬もあったのかもしれない。提供された"Dead Man Walking"や、"Missing"は映画の中で使われる事で、グッとストーリーを増幅することに成功していたと想う。ある意味、ブルースの作家としての力量の面目躍如だったと想う。ただ、作品のテーマとしては、休みの空いた時間に、進んで二回、三回と見返す類いのものではなかった。

そして、このあたりから、ツアーの様子が毎日、"Backstreets"のWebで報じられるようになり、"In Freehold"のような自伝的で、且つ重要な新曲を披露したり、レアなナンバーをやったり、とバンドなしではあったが、やはり目が離せなかった。そんな中、年末近くになり、実に9年ぶりのソロでの来日公演が発表された。


1988~1995
 来日公演が終わり、静かな日々が訪れた。ビデオアンソロジーを観て、いくつかの初めて観る"Tunnel Of Love"ツアーの断片に熱狂して、"Folkways"の"Vigilante Man"と"I Ain't Got No Home"のカヴァーを聴いたぐらいで、約二年近く、毎日のように飛び込んでくる、新しい日常生活に、没頭する日々が続いた。"E Street Band"が解散、という話も意外な程、静かに入って来ていたが、"まーた冗談いって"と、まともにとりあわなかったりしながら。

 ぽつりぽつりと、"Viva Las Vegas"のカヴァーをやったとか、ボニーレイットとジャクソンブラウンとチャリティコンサートで共演し、いくつかの新曲をソロで唄ったとか、ニュースが入ってくるぐらいで、まるで、大学に入るまで待ってくれているかのような、沈黙の期間だった。

 19才の春、とあるラジオ番組で"It's Been A Long Time"というサウスサイドジョニーの新曲、がかかり、そこに、ブルースとスティーヴヴァンザントが加わっていて、何か久しぶりに、忘れていたものを想い出したような感覚に囚われた。その流れで、ようやく聴けるようになった、サウスサイドジョニーの初期の数枚のアルバムや、ゲイリーUSボンズの"Dedication"と"Out of Work"の二枚のアルバム、クラレンスクレモンスのアルバムにひっそりと収録されていた"Savin'Up"と、クレジットは別人だけど、なぜかブルースが作曲したと書かれていた"Rock'n Roll DJ"、なんかを 断続的に聴きつつ、沈黙の間の課題図書みたいだった、"Backstreets"の分厚い日本版を座右の書にしつつ、日々を過ごした。



そして とある春の午後、ロッキングオンに、"Human Touch"と"Lucky Town"の発売を告げる広告を目撃し、沈黙の期間は終わりを告げる。最初に"Human Touch/Better Days"のシングルを手に入れたのを皮切りに、色々と情報が入ってくるようになり、"Soul Of The Departed"も入った輸入版のシングルやら、サタデーナイトライヴで、声を枯らしつつ、3曲をやったビデオを観て、ようやくブルースがカムバックしたことを実感した。

 ニューアルバムは、奇をてらわず、"Human Touch"、"Lucky Town"の順番で聴いていった。いままでに無いような、"Soul Driver"のサザンソウル的な匂いや、ブルースが全部弾いたというギターのサウンドには お!と想う瞬間があったが、何か釈然としない。こう、グッと心の奥を掴まれるようなところが、無かったのだ。歌詞を何度も読んだりとかしながら、3年近くの空白を埋めるに相応しい何かを探していた。
 アルバムとこれまでの沈黙に関する"Rolling Stone"での懺悔のようなインタビューやら、有象無象の音楽評論家がボロクソに2枚のアルバムを貶すのを鼻で笑い飛ばしながらも、聴いていくうちに、サニーボーイウィリアムソンの"Cross My Heart"の改作と、"Roll Of The Dice"で、久々に、ノンシャランな"あの感じ"を聴けて、少しホッとして、そのまま"Better Days"も通して聴いた。頭三曲を聴きながら、高揚感が戻って来たようにも聴こえたが、何か、完全に払拭できない、腑に落ちないものがずーっと心の奥底に流れていた。その後、"MTV Unplugged"に、バンドを率いて出た、という情報を掴んで、暇を見つけては そのビデオが手に入らないか、各方面を通して、画策したあげく、ようやく、全長版を手に入れて、観てみたら、ど頭の新曲だけギター1本で、("Red Headed Woman")あとは、完全なるバンドスタイルでの演奏だった。ロイビタン以外は まったく一人も観た事がないメンツに囲まれてのライヴだったが、いくつかの新曲は、まぁ、アルバムのテイクを超えてるかな?と想うものがあった。それよりも、"Atrantic City"のロッキンなヴァージョンが恰好良かったりとか、情報は入って来てたけど、聴けてなかった"Light Of Day"の自演ヴァージョンで、シェーンフォンティン(ピーターバラカン氏の弟)とのギターバトル(死語)と後半の客いじりが、しっかりMCも字幕がついて、こんな風に煽ってるんだ、、、、っていうのを
初めて実感した。またもひねくれっぷりを発揮して、勝手に2枚のアルバムと関連曲から、いいヴァージョンを抜粋して、カセットを作って聴いていたりした。



 年が変わって、ツアーも、新しい面々を集めてスタート、とのことだったが、来日の噂も聴こえてこず、いくつかのシングルが出る中に、"Leap Of Faith"のライヴが入ってたりとかしたぐらいで、"Plugged"を観る限りは、メインはブルースとシェーンのギターの絡みだし、コーラス隊と、サム・ムーアが絡んだとしても、せいぜい南部ソウル的なニュアンスが加わるぐらいで、劇的にE Street Bandと変わった音を出したいわけでもなかったようだ。本当に出来が良かったら、絶対に映像や、音を録って公開するはずだし、アルバムも作るはずだと想っていた。

 そうこうしているうちに、ジョナサンデミの、"フィラデルフィア"の主題歌を手がけたというニュースが入り、早速聴いてみたり、シングルを探したり、ビデオを探したり、と彷徨ったが、正直、キーボードサウンドが中心のバラッドで、取り立てて、いい歌だとは想わなかった。でも、それに反して、アカデミー賞を受賞してしまい、E-Street Bandの面々を引っ張り出して、ライヴまでやった。何か、本当のブルースの凄さはこんなもんじゃないんだ、と心の奥底で、いいたかった。

 この頃、Joe Grushukeyというニュージャージーの頃の旧友のバンドのアルバムをプロデュースしたというニュースを知り、アルバムを聴いてみた。ブルースのオリジナルが二曲と、明らかにブルースのバックコーラスや、ギターが鳴っている曲がかなりを占めていたので、クレジットをみると、半数近くのジョーのペンによる曲を、93年のツアーバンドと録っていたので、驚いた。"Chain Smoking"なんて、ブルースの曲かと想ったぐらいだ。本当は、ブルースのオリジナルアルバムを録ろうとしていて、結局お蔵入りになったのだと、後年のインタビューで知った。表には出てこないが、細かい客演やら、トリビュートアルバムへの曲提供などで、色々なミュージシャンたちと共演しているニュースだけが、細々と伝わって来た。

 それで、とある日、"Backstreets"マガジンのWebを読むと、初めての"Greatest Hits"をリリースするにあたって、ついに7年ぶりにE Street Bandが再結成して、新曲をレコーディングしたというニュースが飛び込んで来た。そしてR&R Hall Of Fameで チャックベリーのバックをつとめ、ディランと共演し、"She's The One"
など数曲を演奏したと!ついに、Bruceは自分自身が求められている音を再発見したんじゃないか?と想った。
 
 レコーディングドキュメントの"Blood Brothers"と、5曲の まっさらの新曲と 昔の曲の再レコーディングをしたCDが届き、勝手に、Greatest Hitsの新曲群と一緒に聴いてみたが、いい意味で、久々に録ったので、玉石混交という印象だった。"Blood Brothers"や"This Hard Land"は一聴した瞬間、傑作といえる出来だったが、なぜか一番いいかも、、と感じていた"Back In Your Arms Again"は、CDには収録されていなかった。。。。
 後から知ったが、本当は"Streets Of Philadelphia"を収録するために録ったアルバムが あったそうだが、やはり発表しないままになっているそうだ。そして、秋になって、"The Ghost Of Tom Jord"がリリースされることになる。何かが、チグハクに感じて、噛み合わない感じがした。

Tunnel Of Love Express~Human Lights Now' in Tokyo Dome
 そして、またも吉報は突然にやってくる。"Tunnel Of Love Express"ツアーがFMでストックホルムから生中継されることになったのだ!!!本当に指折り数えて、その日がくるのを待っていた。急な落雷とかで、受信できなくならないように真剣に祈った。一時間半ということで、実際の約半分ぐらいだったけど、ライヴヴァージョンならではの、"Tunnel Of Love"の長いイントロとか、マイアミホーンズが全面参加した、アニマルズの"Boom Boom"のカヴァーとか、今迄聴いていたライヴでのレパートリーとは一味も、二味も違っていた。中継の最後はディランの"Chimes Of Freedom"のカバーでしめくくった。勿論リアルタイムでは聴き取れなかったけど、アムネスティインターナショナルの"Human Rights Now!"のツアーにスティング、ピーターガブリエル、トレイシーチャップマン、ユッスンドゥールと参加し、ワールドツアーに出る!ということを自ら発表した、と後で知った。

 さらにそのツアーの一環で、とうとう日本に来る!というのを知ったのは、夏の終わりのことだった。友達と電話しあって、早くかかったほうがチケットをとる、という方法で、はやる気持ちで電話をしたら、見事に!!!つながり、なんとかチケットがとれた。しかも場所は東京ドームだ。とにかく、初めてブルーススプリングスティーンのライヴがみられる!ということで、下手したら、高校入試に受かったときより嬉しかったのを覚えてる。

 いよいよ当日は、もう朝から気はそぞろ。何も手がつかない。単独公演じゃなかったし、いわゆる芸能ニュースが追いかけるようなスターではなかったので、わりと学校帰りにフラリとでかけるのと変わらない感じで、東京ドームへ出かけた。なにか、現実感のない、浮き足立った感覚だけが印象に残ってる。

 さすがに会場が見えてくると、俄然、盛り上がった。パンフは買ってみたものの、やはり、イベントの主旨に沿った形のもので、正直少しがっかりしてしまった。でも、まぁ、それはさておき、席に着くと、やはり東京ドームは大きいし、ステージは遠くに見えた。当日は、まぁ、トリなのは間違いないとは想うけども、どういう順番で出てくるか分からないし、ということで、最初から間に合うように観に行った。そうしたら、いきなり ど頭から、出演者全員でボブマーリーの"Get Up,Stand Up"を唄った!スティングは単独で来日公演をやっていたので、こっちには出ていなかった。よって、トレイシーチャップマンのステージと、ピーターガブリエルの何曲かは、ジッと観ていたが、後はブルースの登場迄、正直、すごく長く感じてしまった。

 そして、ピーターガブリエルが、紹介をして、とうとう、ブルーススプリングスティーンとE Street Bandがステージに登場したのだ!!!!!!

 その瞬間、それまでの、醒めた感じの周囲が爆発的に盛り上がった!当然、自分と友達も、負けずに、熱狂した!いきなりの"Born In The USA"!凄く小さく見えたブルースだったけど、爆発的な輝きを放っていたのが、今も忘れられない。オペラグラスを持っていってはいたんだけど、もうそれを覗いてる時間も惜しいぐらいステージで起こってることと曲に熱中した!本当は"Tunnel Of Love"ツアーでフルで観たかったけど、"Born In The USA"ツアーのダイジェストに、"Brillant Disguise"を加えたような内容。爆発的な声量のブルース!"Promised Land"も、"Thunder Road"も"The River"も、"Born To Run"も全部やった!もう周囲のお客さんから苦笑されるぐらい、盛り上がってしまった。最後は"Raise Your Hand"からの、"Twist And Shout/La Bamba"のメドレー!当時はレコーディングウォークマンなんて買えなかったので、一曲一曲、目と耳と心に焼き付けるようにして観てた。本当に、このまま3時間でも4時間でもやってくれないかな、と想ってた。。。流石にそれはなかったけど。。。後年、この日の演奏が収録された音源を聴いたときは、流石に驚いた。でも、曲間のざわめきや、"La Bamba"の発音が、明らかに日本人だったので、まぎれもない当日の音源だった。当日起こったことの全てを想い出せるかというと、そうでもないんだ。けど、何らかのアクシデントで、あの一時間余りに起こった事を体験できてなかったら、今、自分は、この文章を書いてないし、ここまでロックンロールにのめり込むことはなかったことは、間違いない。改めて、人生って、面白い!って想うな!最後は、"Chimes Of Freedom"で締めくくり、また、出演者全員で出て来て“Get Up,Stand Up"で終演!ブルース以外は全員かすんでしまった。どう考えてもそうならざるをえない、自分にとっての初来日公演だった。

1. Introduction (0:26)
2, Born In The USA (6:02)
3.The Promised Land (5:41)
4. Cover Me (2:56)
5. Brilliant Disguise (5:29)
6. The River (6:00)
7. Cadillac Ranch (5:44)
8. War (2:59)
9. My Hometown (8:24)
10. Thunder Road (5:55)
11. Dancing In The Dark (6:14)
12. Glory Days (6:28
13. Born To Run (5:51)
14. Raise Your Hand (4:53)
15. Twist & Shout (9:51)
16. Chimes Of Freedom (5:43)
17. Get Up, Stand Up (6:00)


Tunnel Of Love
 高校になんとか潜り込み、いつも行くレコード屋の壁にシングル、"Brilliant Disguise"の販売告知の小さなポスターと、近所にできたレンタルCDの店で、"Tunnel Of Love"の正装したブルースのレコードジャケットを見つけたのは、もう晩秋のことだった。正直、あまりのスタイルの変貌に、何があったんだろう?って感じたのを覚えてる。言われてみれば、もう"Born In The USA"が出てから三年ちかく経っていたのだ。

やはりテレビで初めて流れた"Brilliant Disguise"のビデオは、シンプル極まりないものだったけど、見事にその曲を捉えていた、と想う。なぜか、スッと入ってくる曲が多く、歌詞も、何度も読んだ。"Two Faces"とか" Walk Like A Man"とか、今でも好きな曲だ。多分、ファンになってから、初めて迎えるオリジナルアルバムだったこともあり、一般的には、セールスも、評判も割れるアルバムだけど、そういうことを度外視して、響いてくるんだ。個人的にも、このアルバムに関する素晴らしい評論を切っ掛けにまた、今現在に繋がる素晴らしい出逢いもあった。想い出がダイレクトに甦ってくるレコードだ。家族や近しい人間関係に言及したナンバーが多く、歌のテーマを自身の境遇にダブらせながら聴いたりしたせいもあると想う。



 そして、また何枚かのシングルカットがあったが、なぜかビデオはタイミングが合わず、リアルタイムでは見逃してしまっていた。でも、後からCDでも発表された"Tougher Than The Rest" と"Spare Parts"のライヴテイクは熱狂しつつ聴いた。無論、"Tunnel Of Love Express"ツアーの記事も、くまなく読んでいて、いつかきっと、と下町から熱狂的にアメリカへ想いを馳せていた。
 でも、"Live75-85"ぐらいから発表された新曲やカヴァーに、すごく、重たい暗い影のようなものが立ちこめてきたような気がしてならなかった。確かにライヴではぶっちぎりの演奏力で盛り上がるんだけど、、、"The RIver"の頃ぐらいまでの 底抜けに明るいロックンロールやパワーポップの愉しさを爆発させたような新曲は、やらないのかな、、、、、、と感じていた。政治的なステイトメントのような発言も増えて来たように感じていたし、本能的に、ブルースが、ロックスター以上の存在に変わりつつあるのかもしれない、と感じていた。
Live 1975-1985
 来日から一年半ほど経って、ブルースがとうとう、ライヴアルバムをリリースするという、ニュースが届いた。しかも5枚組だ。はやる気持ちでトラックリストを観ると、全40曲!未発表曲が8曲!ということでしばらく押さえていた熱が盛り上がってきた!当時は既に受験の準備にかかっていて、あえて、音楽的な情報をシャットアウトしていた時期だったが、これだけは我慢できなかった。

 1stシングルの"War"を一聴して、その激しさに、打ちのめされてしまった。それから、ついにCDを購入し、順番に聴いていった。いきなりの"Thunder Road"のピアノヴァージョンのオープニングから、あのラジオから流れてきた、ロキシーでの強烈に恰好良い"都会で聖者になるのは大変だ"、"Backstreets"、"Raise Your Hand"!CDの一枚目を聴いただけで、もう卒倒しそうだった。二枚目も"Sandy"や、初めて聴けた"Because The Night"、完全にスタジオ録音を凌駕していた"Badlands"をはじめとする、"闇に吠える街"の曲達に熱狂した。三枚目は、当時聴きたくてたまらなかった、"Born In The USA"ツアーが凝縮されていた。驚いたのがブルースの語りだ。"成長するってこと"や、"The River"の曲の途中や最初に挟み込まれる語りも、本当に曲の一部になってるような、もしくは、これから披露される曲の"解題"にもとれるような、見事なイントロダクションになっていた。

 そして何よりも、"E Street Band"のブルースを支えるライヴバンドとしての力量を十分に発揮した演奏!それまで何度か、ブルースが、インタビューで しきりに”以前の曲をライヴで録り直したい"と話していたのも、これで納得がいった。1stの曲も2ndの曲も、カヴァーも、見事な迄にライヴ向けにアレンジされ、自分たちのものにされていたのだ。極めつけが、"明日なき暴走”の、数えきれないぐらいのライヴ映像を見事にコラージュして作られたPVだった。これを初めて観た時の衝撃は、現在でも忘れられない。



"Born To Run('85,Varuous Venue) http://bit.ly/hmgq39

(付記:埋め込みデータが取得できず、ここのみリンクURLを貼ってあります。ご了承ください。)

 受験が一段落ついてから、新年度迄の一ヶ月半あまりは、文字通り、毎日のようにそれまでに失った時間を取り戻すべく、常に部屋にいるときは、ブルースの音楽が流れていた。普段あまり音楽的な関心の無かった親も、その存在を認識し始める始末だった(苦笑)。
来日余波
 それからというもの、観られなかったものの幾ばくかでも、知りたい!と、旧作を遡り、"Nebraska"、"The River"、"Darkness~"、"Born To Run"、"The Wild~" "Greetings~"と、文字通り、とっかえひっかえ聴き込む日々が始まった。それ迄出ていたシングルを一枚ずつ買い、"Pink Cadillac"や、"Janey Don't You Lose Heart"なんて、アルバムに入ってる曲と同じぐらい、よく聴くようになった。来日を機に、定期的に情報が出るようになったので、音楽雑誌をチェックして、9月末のジャイアンツスタジアムの秀逸なライヴレポートを切り抜いて、何度も眺めていたりした。そう、猛烈にライヴへの飢餓感が増幅する一方だった。

 ディヴマーシュの“Born To Run"は、素晴らしい参考書になり、中学の夏の移動教室にまで持参してたぐらいだった(笑)。その巻末に、オリジナル曲リストとカバー曲リスト、ツアーの行程がばっちり出ていたので、文字通り 目を皿のようにして「読んだ」。"Detroit Medley"は、FMラジオで、偶然聴き、ミッチライダーのオリジナルを何とか聴けないか 探しまわったりとか、ブルースが、ライヴで、"Born To Run"の後に、更に盛り上げるためにストーンズの"Street Fighting Man"を演る、とか、アニマルズの"It's My Life"を聴きたい!と想ったりとか、ザ・フーの"My Generation"とゼムの"Mystic Eyes"をキャスティールズでブルースが歌わせてもらってたのを知って、ラジオにリクエストしたり、、怒濤のように、過去のロックンロールの遺産の洪水の中を彷徨い始めた。


初来日公演(未遂)と"Born In The USA"
 とある3月の朝、なんと、ブルースの来日公演が発表になった。嬉しかった。でも、チケットをどうやってとったらいいかも分からず、途方に暮れた。友達の中には、既に外タレのライヴにいったことがある奴もいて、話をきいてみると、電話予約とか、プレイガイドに並んで買うんだと教わったんだけど、、、、やっぱりまだ14才には、ちょっと無理な相談だった。チケット代をどうやって出したらいいか、も思いつかなかったし。当時、家族はそういうことには厳格で、ちょっと許してもらえるとは想えなかった。友達に代わりにチケットをとってもらうことも考えたけれども、当日下校せずに、終演迄やり過ごせる自信すらなかったんだ。。。 未だに、現在の自分と代われてれば、、って想う事がある。

 いくつかの洋楽番組で、来日直前の特集が組まれ、初めて見るライヴフッテージが細切れにインタビューの合間に放送されるのを観るたび、溜息をつき、当時観てた番組に出てた普段、音楽にそんなに興味がないであろうタレント連中が、興味本位で招待でライヴを観に行った話をサラッとするのを耳にして、猛烈に悔しくなったのを覚えてる。極めつけは、初日から一週間ぐらいたって、当時放送されていたMTVジャパンで、ほんのサワリだけ初日の様子が放送された。黒いTシャツ姿で、本当にブルースが東京にきて うたっていたんだ、、と放心した。この後、一度もその時の映像は見た事ないんだ。いつの日か、発掘されて欲しいと切に想うな。

 アルバム、"Born In The USA"は、最初は、"Dancing In The Dark"を、前述の"The River"と"Rosalita"と一緒に聴いているうちに、少しずつ気になり始めた。PVではブルースは、不敵な笑みを浮かべながら 唄ってるけど、内容はそんなに明るい詩じゃないのが面白い、と感じた。当時は漠然としか理解は出来なかったが、実は重いテーマの歌が並んでいた.最初に通して聴いた印象は 音楽的に愉しかったんだ。ちゃんと、起承転結があって、すごく いい曲の並びだと感じた。そういうことが無為に聴いても 伝わるっていうのは 重要な事だ。やっている音楽は、本当にオーソドックスなロックンロールなんだけど、ロイ・ビタンとダニー・フィデリシのピアノとオルガンが絶妙に音楽的アクセントをつけてあって、凄くモダンに聴こえた。

 さすがに7枚もシングルが出されると半ばベストアルバム的にも聴こえたりした。どれも軒並み売れてるし、素晴らしく良いレコードだな、と改めて実感した。PVも徐々に洗練されてきて"Glory Days"や、"My Hometown"は、ブルースのライヴでの姿が上手く反映された秀逸な内容になっていたし、後者はリップシンクじゃない、ライヴ音源がそのまま流されていた。それまで幾つか気になって聴いてみたバンドと比べると、凄くライヴで叩き上がって来た、地に足がついている感じがして、本能的に信頼ができたんだ。そして、その感覚は間違ってなかった。

  
"Prove It All Night"(LA,Roxy,'78)
 次の衝撃は唐突にやってきた。なんと、当時、よく聴いてたラジオ番組で、スプリングスティーンのライヴがオンエアされることになったのだ。入念にラジオのアンテナのチェックをし、デッキのヘッドを掃除して、、当日の夜を迎えた。すでにその頃までには、全てのアルバムを聴いていて。ライナーや、雑誌の記事を手探りで読めば読む程、ライヴが観たくてたまらなくなっていた頃だった。

番組の冒頭で少しだけ"Badlands"のサワリが流れただけで、もう軀中に電流が流れたようになった。"全然違うじゃん。。"、待つこと数分、いよいよ、本編がスタートした!録音の質は、今も残ってるテープを聴くと、海賊盤並みだった。78年7月7日のロサンゼルス、Roxyでのライヴ!曲数は7曲ぐらいの抜粋だったけど、どの曲も、レコードとは段違いの迫力だった。一番の衝撃はなんといっても、"Prove It All Night"だった。既に"闇に吠える街"を聴いていたのに、印象にすら残ってなかった曲だった。ロイビタンの饒舌なピアノに導かれながら、心の奥に刺さってくるような、ギターのイントロが始まる!しかもそれはそのままエスカレートして、エンディングみたいな壮絶なソロをキメて、歌が始まる!曲の途中で、ブルースが 爆発的に"吠える"のが強烈!案の定、放送が全部終わる頃には、魂を抜かれたようになってた。このテイクは、後の 5枚組には、何故か収録されず、不思議に思った。同じ日のライヴは10曲近く収録されていたのに。ディヴマーシュの著作"Born To Run"のオリジナル曲リストを紐解くと、この少し前のバークレーのライヴテイクも"Paradice By The "C" "と共に収録されて、ラジオ局にカセットが配布されたとある。たまたま、ピタッとくる場所がなかったのかもしれない。


(付記:言及している音源が見つからず、翌日のフェニックスのテイクを掲載してます。ごめんなさい)

当時はいわゆる、オリジナルのパンクロックは まだ全く聴いていなかった頃だったが、パンクの萌芽というか、ロックンロールの核心のようなものを、ブルースのライヴの中に感じていたのかもしれない。The Clashのジョーストラマーは75年の"Born To Run"ツアーを観客として観に来ていたというし、既存のオールドロッカーに文字通り唾をはいたパンクスたちも、ブルースとThe Kinksのレイ・デイヴィスと、The Whoのピート・タウンゼントには、一目置いていたという。まぁ、当時のライヴを観れば 当然といえるだろう。
"Thunder Road"('No Nukes",MSG'79)
 聴き始めた途端、"The River"の時と同じブルースハープのイントロが流れて来て、ホッとする間もなく、マシンガンみたいに言葉が飛び出して来た。歌詞カードを取り出すも、数秒で頓挫(笑)でも後半、サビにむかうところから最後迄、熱狂的に盛り上がるなかには、絶対に、今はわからないけど 重要な事が唄われているに違いないって確信した。本能的に。




 でも、本当にこの曲に出逢ったと感じたのは、それから少し経ってから。別の機会に放送された特別番組の冒頭で"Thunder Road"がライヴで唄われるのを観たのが最初だった。やはり、"No Nukes"の79年MSGでのライヴからの映像。画期的な事に、字幕が同時に出て来て、ようやく歌の全容が初めて掴めた気がした。映像的というか抽象的というか、シナリオの場面が展開していくような歌詞だなって想った。それでも、決めのところの台詞には、やっぱり痺れた。未だに とある重要な局面で サラッと吐いてみたい言葉だらけだし!
 "Well I got this guitar,and learned how to make it talk"の直後の、鋭利な刃物みたいに響いてきたフレーズ!あとは、ピアノの上に乗っちゃったりとか(笑)なんていうんだろう。当時、無意識に求めてたものが全部入りで、そこに現れた。って感じだった。その番組は、今考えても 優れた内容で、インタビューと、そのときに、既に発表されてたビデオを全部と、ライヴを"Born In The USA"と"Cover Me"と"Detroit Medley"を それまでの抜粋じゃなくって、ほぼフルで!オンエアしてくれたんだ!そこで、とうとう、全面的に降参した。早い話が、ファンになったのだ!そう、"Growing Up"の一節を借りると、"宇宙へと飛び出す鍵を見つけた"気がした。

"The River(No Nukes@MSG.'79)
次に、"The River"という曲が、がオンエアされた。既に見かけだけは知っていた、エルヴィスプレスリーのような髪型のスプリングスティーンがマイクの前に立ち、"妹夫妻のために"初演したのが、これだ。鋭いブルースハープのイントロと同時に、暗い照明でステージが照らされて、ブルースとバンドのメンバーが浮かび上がって、いわゆる映画のフィルム的な質感を感じた。字幕に出てくる歌詞を追いながら、切々とうたいあげ、長いブルースハープのソロを吹くブルースをじっと観ていた。歌詞の世界は、当時理解するには、なかなか難しい大人の世界の匂いがした。それでも、主人公が川のほとりで、過去の想い出に苦悩する姿に、こういう歌があるんだ、と衝撃を受けたことを覚えている。



当時は洋楽を聴き始めたばかりで、自分の心に引っかかってくる音をスポンジみたいに吸収していた。LPやシングルも満足に買えないような時期だったけど、何曲か気になるバンドやアーティストが少しずつ、出てきたぐらいで、まだ、アルバムやシングルを買って、何度も何度も聴くというところまでには達していなかった。ブルーススプリングスティーンが、初めて自分の意志で、選んだミュージシャン、ということもあって、個人的な想い入れも強力になったんだと、今は想う。ちなみにその時、最後に、ブライアン・デ・パルマが監督した、"Dancing In The Dark"のビデオもかかってたんだけど、同じライヴ仕立てなのに、画質や音の仕上がりがあまりに綺麗すぎて、芝居がかってみえたんだな。曲そのものや、歌詞には、感じるものがあったんだけど、最初の二曲の印象には及ばない感じだった。気がつくと、暇さえあれば、その特集のビデオを何度も観ているようになってた。

 次の週の放課後、当時仲が良く、気になってる音楽の話が出来た友達と、はやる気持ちでレコード屋さんにいくと、残念ながら、"Rosalita"が入ったアルバムは在庫すらなかった。そして、"Born In The USA"を選ぶべく、レジに向かったら、なんと、持ち合わせが300円足りなくって断念。やむを得ず、ジャケットが一番恰好良かった"Born To Run"を購入して帰って聴いてみた。そうしたら、、、!最初から最後迄、全8曲を聴き終えるまでに、何も言葉を発せなくなるほど、衝撃を受けていたのだ!今日へと続く、長い旅への始まりだった。。。
"Rosalita(Come Out Tonight)"(Phoenix,'78)
 出逢いは、中学1年の夏。友達に教わって観始めたベストヒットUSAを見ていると、小林克也さんが後半の特集の頭で、ブルーススプリングスティーン、という長い名前を告げて、流れてきたのは"ロザリータ"だった。かなりダメージをうけた画質のライヴのビデオだったんだけど、有無をいわさずに、画面の中に惹き込まれた。



 今にして想えば、いわゆる"自由"を音の中に感じたんだ。このライヴでのブルースは、"その場の状況を、何もかもコントロールしてるように"見えた。ストーリー的には、身もフタもない楽天性に溢れたラヴソングなんだが、それを本当に素で唄っているような、そんなムードが伝わって来た。後年、ブルースが当時抱えていた訴訟やら、レコード会社に対するスマートな皮肉が込められているのに気付いたりもしたが、そんなものまで まとめて笑い飛ばしてるように見えたな。本当に愉しげなロックスターが、画面の中で暴れ回っていた。そんな初対面。

 まだ、その時は大胆にも 曲の前半部が、途中のメンバー紹介の前まで、はしょられているとは、想いもよらなかった。幸い、遅い時間帯の放送だったので、ビデオに録画していた。というか、小林克也さんの"The Wild,The Innocent,& The E Street Shuffle"の発音が流暢すぎてわからず(笑)画面に映った2ndアルバムのジャケットを必死で目に焼き付けるので精一杯だった。










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