Greetings from Lover's Lane
ブルース・スプリングスティーンについて、なにもかも。
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"Devils And Dust"
"Devils And Dust"という新譜のタイトルを知ったとき、恐らく、"Vote For Chenge"を経て、ブルースの中に蓄積した"ポリティカルな視点"を爆発させたようなレコードになるかもしれない、と予感した。でも、E-Street Bandと一緒ではなかった。ドラムに、キースリチャードのソロ作に参加しているので知ったスティーヴ・ジョーダン、ベースは、ブレンダン・オブライエン、ギターと歌はブルース、が主なクレジット。数曲でスージー・ティレルや、ダニー・フィデリシが参加するぐらい。多分、"ネブラスカ"で、バンドの音として表現しきれなかった、歌のストーリーが喚起する音を表象したかったんだろう、と想った。決して幸福感や、開放感に満ち溢れてるわけではないけれど、登場人物の背中が透けて見えるような唯一無二のサウンドトラック。そして、結論から言うと、その試みは成功した、といえる。当時は実現しなかったが、レコーディングメンバーによるライヴで、"ネブラスカ"とか、"トムジョードの亡霊"とか、"ポイント・ブランク"とか、日常の隙間に入り込む、冷徹な"闇"の塊を青白く燃やしたようなリアリズムを追求した成果を、いつか観てみたいと想う。そして、個人的には、ソロの時のスプリングスティーンは、まぎれもなく、レイモンドカーヴァー、フラナリーオコナー、に匹敵する、20世紀後半に忽然と現れたアメリカの語り部の一人として記憶されることは、間違いないと想う。


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"The Rising"Tour~" Vote For Change"
"The Rising"ツアーがスタートし、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア迄はブルースはツアーをしたが、ネットのインフラが普及した影響もあり、ツアーの初日から、オフィシャルWebで数曲の抜粋がオンエアされたり、ほぼ、リアルタイムで、ツアーの模様を追いかける日々が続いた。残念な事に、日本ツアーは、実現せずに終わってしまった。そんななか、"Live In Barcelona"がDVDでオフィシャルリリースとなった。

前回に続き、ほぼ完全収録となる内容で、実にアルバムから9曲が演奏され、それ以外の厳選された以前のナンバーも、新曲と並べられて披露されると、その歌詞のストーリーに新たな連続性や関連性が生まれて、一本の線で結ばれるような響き方をしていた。面白い事に、"Born To Run"と"Darkness~"からのナンバーが多く、残りも、"Sprit In The Night"や"Incident On 57th Street"といった70年代の雰囲気を思わせる選曲になっていた。気分としては、この頃のアルバムの続編を書くような気持ちで"The Rising"の制作に望んでいたのかもしれないと思った。"Waiting On A Sunny Day"はあっという間にライヴアンセムと化したのが納得できる、バルセロナでの熱狂ぶりが見事に収録されている。個人的には、レコード通りの定番のアレンジを超えた、決定的なライヴアレンジが固まったと思える"Dancing In The Dark"が一番の出来だった。

 "The Essencial Bruce Springsteen"のリリースが例によって唐突に発表され、ベスト盤に加えて、事実上の"Tracks"の5枚目とでもいうべき12曲が収録されたボーナス盤がつけられた三枚組が発表された。個人的な目玉は、かつてディヴエドモンスに提供され、彼が"D.E.7th"のアルバムでカヴァーした、"From Small Things(The Big Things One Day Come)"と、"Born In The USA"セッションからの、まぎれもない隠れた名曲"None But The Brave"が収録されていたことに狂喜乱舞した!前者はチャックベリー直系のロックナンバーで、デイヴエドモンズのためのガイド録音的な音だったが、後者は楽曲的には"BobbyJean"の系譜に位置する音で、歌詞の完成度で、とって替わられたんじゃないかと個人的には想った。それでも、クラレンスのサックスのブロウと、ギターソロを聴くと、いつでも、自分が10代だった頃のことや、思いもがけない いくつかの場面を想い出してしまうんだ。。。



年が改まり、"The Rising"ツアーの余波も醒めよらぬ頃、その年のアメリカの大統領選挙でアンチブッシュを旗印にした、"Vote For Change"ツアーに、かつての自らのヒーローである、ジョンフォガティや、旧友のジャクソンブラウン、REM、ブライトアイズ達と共に参加する事が発表になり、これまでブルースが、ここまでダイレクトに政治的コミットメントを明確に示した事がなかったので、明らかに方向性を誤ったブッシュの政治判断へのストレスが市民レベルで爆発寸前なんだな、というのが日本の刃先をもがれたような検閲済みのニュースを観るよりも、ビビットに伝わってくるように想えた。ツアーも、REMにブルースが加わって"Man On The Moon"をデュエットしたりと、それまでは考えもしなかった共演が音楽的に高い完成度で実現したのが興味深かった。しかし、実際の選挙結果はブッシュが再選されてしまい、結局大統領任期をまっとうさせてしまうことになる。
オバマ大統領が"Change"を合い言葉に政治の表舞台に登場するには、それから数年待たねばならなかったが、明らかにその遠因のひとつとなる火種は、このツアーによって聴衆の心に撒かれたのかもしれない。


"911/Tribute To The Heroes"~"The Rising"
とあるウィークディの夜、365日の中の、ありふれた一日が終わろうとしていて、日常に忙殺されつつも仕事を終えて、夕食をとり、いつもの通り、テレビをつけたら、なんだか、映画”タワーリングインフェルノ"の再放送をやってるのかと想うぐらい壮絶な場面が映っていた。でも、それは特撮でもなんでもない、正真正銘の厳然たる事実だった。。。その日を境に、暫くの間、全ての報道が一斉に現地情報を流し始め、ネットも真相究明の話題で溢れていた。

事件から数日後に、消火活動に従事し、亡くなった消防士たちと犠牲者を弔うための"Tribute To Heroes"というチャリティ番組が、遅い時間ではあったが、日本でも数時間遅れで放送され、それを実現させるアメリカの音楽業界の行動力と、音楽的な質の高さに圧倒されたのを今でも覚えている。勿論、その中に、ブルースが居た。"My City Of Ruins"という新曲を切々と唄ったのを観た。本当にブルースが伝えたい、と想った事が、素直に、見事に形になっているように想えた。これは、次のアルバムは、まぎれもない、傑作になるかもしれないという、予感がどんどん心の中で大きくなってきていた。



 しかし、レコーディング情報は、"アトランタでレコーディングしている"とか、"ブレンダンオブライエン"がプロデューサーだ”とか、断片的に情報が入って来ていた。ブレンダンオブライエンは、パールジャムをブレイクさせたプロデューサー、というよりは、むしろボブディランが久々に天賦の片鱗をのぞかせた"Unplugged"のバンドで、キーボーディストとして加わっていた印象が強かったが、"いい人選かもしれない"と、期待に拍車がかかった。とはいえ、なかなか吉報はもたらされず、まぁ、いつも通り、長い目で待っていよう、と想った矢先、2002年の夏、待望のアルバム"The Rising"のリリースが発表された。先行で公開されたアートワークと、1st シングル、
"The Rising"のMVをWebで、何度も観ながら発売の日を待った。当時書いたレビューをあえて以下に再録する。

 長年お馴染みのレコーディングスタッフ(ボブクリアマウンテンや、チャックプロトキン)から離れて、久々に加わった、新しい"血"のプロデューサー、ブレンダンオブライエンの的確な手腕が、アルバム制作としては16、7年ぶりのブルースとEStreet Bandのスタジオワークを見事にまとめあげた。
 楽曲のアイデアやアレンジも、"World's Apart"や、"僕の舌に残ったほろ苦い後味"の1フレーズを意識的に浮かび上がらせた"The Fuse"を聴いてもわかるように、かつての"57Channels"や、"Missing"のように歌詞の世界とサウンドが きしみをあげるような唐突な印象がなく、ブルースとブレンダンが曲そのものと、詩の世界が喚起する音を無理なく表現したものが、互いを殺すことなく、おさまるべき場所にきちんとおさまっている。
 "Lonesome Day"は、"Tunnel of love"をくぐり抜けられなかった男の外伝だし、"Into The Fire"は本当に"Tribute to the heroes"で披露されていたら、きっと遺族があまりの情景描写の生々しさに、TVの前で号泣してしまったかも。彼女の中に"みたされぬ心"を置き去りにしたまま逝ってしまった"Hungly heart"の主人公の妻が語る"Waiting On A Sunny Day"。命を落とした男が自分の居ない世界に置き去りにした"想い"と自分がいかにはかない存在だったかをつづる"Nothing Man"。
 暗く、血なまぐさい地に立ち尽くした主人公が未来に希望を託す、"Counting On A Miracle"、アムネスティのツアーと" 92'~93' "ツアーの音楽的影響が結実した、"Worlds' Apart" 。95年"Greatest Hits"のセッションの"Without you"の発展であり、シンプルなリフレインが陳腐に聞こえない普遍的なものを歌詞に込めることに成功している"Let's be friends"。"Empty Sky"もいいが、効果的な ブルースのハープソロが久々に炸裂する、"殺人株式会社"に従事する男の独白の、"Further On (Up The Road)"。
 昔のアウトテイク、"Ricky Wants A Man Of Her Own"の音楽的アイデアを膨らませて、十八番の"Meet me~"のリフレインで、締めた"Mary's Place"。最後の2行で全てを明らかにする"You're Missing"の手腕にはもう、脱帽した。前作、"The Ghost of Tom Joad"の世界を踏襲するかのように、サイモンとガーファンクルの"Sound Of Silence"にオマージュを捧げながらもあまりに悲劇的に黄泉の国へとむかう消防士の別離をうたった"Paradise"アルバムの最後に収録されている、"My City Of Ruins"は、とうとう、自分達の"Drift Away"を書き上げた! とブルースが喜ぶのが眼に浮かぶような仕上がりになっていて、静かにアルバムを締めくくっている。
 アルバムを聴き終わってから改めて、2000年に"Live In NYC"で 発表された"Land of Hope and Dreams"を聴くと、ブルースの音楽に登場する全ての要素がこめられた、音楽を通じた探究の、新たな始まりを告げる曲になっていることに気付かされる。この曲を作り上げた時点でブルースは すでに"旅の終わり"を無意識のうちに見据えていた。つまり 自分が音楽を通じてオーディエンスに与えられるすべてのこと=ライブの場所でしか感じられなかった"熱"をレコードに刻印すること。ここでは、その成果が完璧に鳴り響いている。


Blood Brothers in NYC
 1999年が暮れ、さらに2000年も、熱狂的なE-Street bandの"Reunion"ツアーは続くことになる。そして、アメリカで、警官が黒人を射殺した事件に衝撃を受けて作られた曲、"American Skin(41Shots)"が事件の数日後、ライヴデビューを果たす。この頃には、まだ、You Tubeで即UPされる、という環境はなかったし、事件そのものも、正直な話、ブルースのこの曲を聴いて、初めて事件そのものに目が向いた、という順序だった。そして、ツアー最終公演が、なんとNYC、MSG10daysということが発表になり、徐々にセットリストに、驚くようなレアなナンバーが加わりながら、最終公演を迎えた。実は、無理を承知で、この最終公演になんとか向かおうと、四方八方手を尽くしたのだが、ギリギリのところで、諦めざるをえなかったという、悔しい秘話がある。まるでそれを見透かしたかのように、この最終公演をドキュメントしたアルバムと、DVD(しかも ほぼ完全収録だ)がリリースされた。

 アルバムは、選曲も不可思議で、テイクの選択も玉石混交のように感じた。まぁ前の"The Live"は10年間のベストテイク集で今回は、いわばリハビリのツアーだったわけで、聴く人それぞれの印象があると思うが。"The Live"の時に、いいテイクがあったのに入れなかった"Jungleland" "Tenth Avenue Freeze-out"は、今回あえて入れたのが納得の出来だった。E-Street-Bandでのライブ・プレミアが凄くいい印象だったのは、"Youngstown","Murder Incorporated"、"Atlantic City"の3曲。"Video Anthology"にもひっそりと収録された感動的な"If I shuld fall behind"もある!とどめに、傑作"Land of hope and dreams"と、"American skin"も収録されていたのには、強烈に盛り上がった。当然のごとく、このツアーを終えたあとには、E-Street Bandとのニューアルバムを録るのだろう、と予想していたからだ!これまた人それぞれだが、気になる点もいくつか。"Prove it all night "でクラレンスが音を外すところまで(笑)入ってる。あと、"Ramrod"がそんなに良くなかった...好きな曲だっただけに、悔しさすら感じた。体験したツアー序盤のライヴでは"The Live"のテイクを残念ながら、超えてなかった"The River"の新アレンジと、オープニングの"My love will not let you down"は凄い演奏がこなれて筋金入りになった印象だった。なによりも凄かったのは、ライブ収録当日になって突然演奏した、"Lost in the flood"だ。18年前の デビューアルバムの曲を、今の感性で、蘇生してみせるなんてことができるライブバンドは、世界でも数少ない。そんな瞬間が、きっちり捉えられているのは、間違いない。

ライヴDVDも、待ちに待ったフルのライヴの完全収録ということで、熱狂的に何度も観た。やはり2ndからの またライヴでかなり以前に演奏されたきり、もう二度とやるまいと多くの人が考えていた"Kitty's Back"や、"New York City Serenade"が、個人的な目玉だった。"The Promise"も、再レコーディングヴァージョンではあったが、"18 Tracks"で公式発表されて、その後のライヴで、今の解釈として演奏されたテイクが収録されて、ブルースはようやくこの曲にまつわる様々な呪縛から解き放たれたのだな、と感じた。"Light Of Day"でのブルースのパフォーマンスの振り切れっぷりは、"Plugged"の時から更に振り切れて、何かが憑いているような凄みさえ感じた。でも、後から知った、" Blood Brothers"の演奏は、もし、"Video Anthology"の続編か、棚上げになっている"Tracks2"がリリースされる暁には、どんなことをしても収録してもらいたいと切に思う。


 
"Reunion"Tour May.1~2.'99 Manchester Evening News Arena
 ブルースと E-Street Bandが本当に登場した。もうこれで安心だ。後はもう何でもありの物凄いLIVEがはじまった。"Prove It All Night","Two Hearts",前のツアーから多用しているファルセットを効果的に使った"The River",もうイントロが聞こえるたびに昇天した。前半は"Darkness On The Edge Of Town"からの曲っていうか労働歌が多い気がした。"BORN IN THE USA"以降の曲はやらないな、と思ったら、そのまま"Darkness On The Edge Of Town"に収録してもおかしくないようなアレンジの"Youngstown"がはじまるわ、マックスがドラムを壊すんじゃないかと不安になった"Murder.Inc"って感じでもう飛ばしまくっていた。ボスが司会のトークショーみたいなメンバー紹介を挟んだ"10thAvenue~"に、"Tracks"のベスト曲の1つ"Where The Bands Are"(さすがに演奏がこなれていなかったが)暗い曲と明るい曲のブレンドがもう絶妙なのだ。"Born In The USA"のボトルネックブルースヴァージョンも、その前の"The Ghost Of Tom Joad"もブルースの発声のしかたがバンドモードになっているのでRAGE AGAINST THE MACHINEにも負けてなかった。やっぱりE-STREET BANDが加わると全然違って聴こえてきたのだ。



 "BORN IN THE USA"以後の曲はレコードだと、どうもアレンジがキーボード中心でストリングスやギターを絡めた似通ったものが多かった。(Streets Of Phillyとか)だから、ブルースが”またバンドが誕生したんだぜ!”って喜んでたのが実感できた。"Born To Run"からの選曲の時、1日は、"Backstreets"2日は"Jungleland"をもう本当にレコード以上に再現してみせたのだ。ここまでの演奏は、少なくとも観たことがなかった。もう泣いた。ただただ泣いた。あらためてオリジナルのE-Street Bandの凄腕を見せつけられた。確かにお客のノリは昔の曲のほうがよかった。でも、断じてブルースは終わってなんかいなかった。もしこれがただの"Tracks"のプロモツアーならトラックスの曲ばかりやると思うが、"Tracks"からはたったの3曲(1日/2日)しかやらなかった。それ以前に、今までの曲が充分過ぎる程輝きを保っているのだ、どの曲も今のヴァージョンに磨きあげられて。その一番の象徴が、感動的な"If I Should Fall Behind"の後の最後のアンコールで演奏される新曲、"Land Of Hope & Dreams”だ。これは間違いなく次のアルバムの核になる曲だと想った。"THIS TRAIN..."が連呼される箇所なんてもう言葉に出来ない感情が伝わってくる。やっぱりボスはE-Street Bandを選んだのだ。もしくは自分の音楽的領域の拡大と、この10年で貯えられたメンバーの経験を加味することで新しいE-Street Bandの音を創ろうとしてるんだと想う。もしそうなら、ニューアルバムは"BORN TO RUN","BORN IN THE USA"にならぶ傑作になるはず!


From London To Manchester Spring.'99
April.28-9.'99

いきなり朝6時にヒースロー空港から吐き出された後、ロンドンでの最初の宿、ホテルセネターを目指しPaddinton駅の売店で"Time out!"と"NME"を買い、歩き出した。いきなり寒かったが皮ジャンは置いてきたので、ハイドパーク周辺をうろうろした。地図を頼りになんとか1時間程たって、hotel cenetorを探し当てられた。チェックインは朝から大丈夫だといわれてほっとした。午後2時半まで待たずに済んだ。あえてここへ行こうとか、本当に決めてなかったので"Beat UK"の別冊をたよりにまずはSOHOへと出てみることにする。でも地下鉄が本当に正確で非常に助かった。日本の地下鉄が乗りこなせれば充分だと本当に思った。いろいろ見てるうちにホテルの朝食が終わってしまったので仕方なく、駅前のパン屋へよった。ところが!breadfastメニューが旨い。美食家じゃないけど本当に旨いと思った。(結局2日目も行ってしまった)

one-day travel cardを早速買い、まずはOxford Streetへと向かった。街並みが新宿を彷佛とさせる感じで、少し拍子抜け。でも、まぎれもなくそこはイギリスで、ロンドンだった。

HMVを目安に動こうと思ったが、いきなり2店鋪あるうちの反対側へ行ってしまい、参った。ショップは本当にいろいろあって、歩きながら見てて飽きない。無事に目的のHMVとVirginmegastoreを発見した後に、いよいよ裏通りに入る。道沿いに歩いていると簡単にSelecta DisksとMusic&Video Exchengeが見つかった。でもあまり見るべきものは見当たらなくて、ジャケットの扱いもなんだか粗雑だったが東京よりは格段に安かった。いくつか、どうしても見つけられなかったストーンズのLPやディランの7インチ、パブロック系のシングルなどを購入できて、それだけでこの旅の目的の半分を制したような気持ちになった(笑)

拍子抜けして、その後Sohoをぶらぶらしたが、あまり見るべきものもなく、"Timeout"誌やNME誌のクラブやライヴ欄を見てもあまりピンとくるものがなかった。唯一おっと思ったのが4/29のMock Turtlesだったが、考える間もなく、長旅の疲れが出たのか、TVもそこそこに寝てしまった。

April.30.'99

起きてみるともう朝9:30で、ホテルの朝食をあきらめ、シャワーを浴び、Camden方面へ行こうとしたが、気持ちが変わって、Notting Hilburyのマーケットへ出かけてみた。ここではmusic&video exchangeに入り浸った。
3時間は確実に居た。いくつかの望むべき音がそこにはあったが、コンディションを吟味して、一旦冷静になって考える事にした。一番!!と想ったThe Whoの1stも、盤の状態とジャケットがぼろぼろだったので、見送った。

午後、自分の力でAbbey-road studioへいってやろうとバスに乗った、けっこう遠くて、通りかかった韓国人の子に道順を教わって、その通りまではいったんだけど、辿り着けなかった。結構おっかなそうなアンちゃんもいた。これでエネルギーを使い果たしたのか、Dr.Martinのブーツ欲しさにCovinant Gardenまで行ってチェックしたが、やはり、いいものは高い。これまた最終日の決断に賭けることにする。近くのオープンパブで食事して、ギネスを1パイント飲んだら、酔っぱらってしまって、店員に大丈夫!?とかいわれてしまった。Sohoへ戻って、出直そうと思ってPicadellyに着いたら、何と警察がうようよしている。何か事件があったらしい。翌日はMaydayだし、労働争議でもおこったのかとと想って近くの人に聴いたら、"爆弾だって"と一言。どこもかしこも通行止めだし、さすがにMock Turtlesを見に行く元気もなくなって、大人しくホテルへ戻った。夕御飯のビーフストロガノフを食べたら、けっこう旨かったが、食べるの早いよ。とか店員に文句をいわれてしまった。まったく。

夜はBBCのショーンライダーが司会の音楽番組で過ごした。Robert Palmerが凄く気障に歌っていたが、なぜだか格好良く響いた。ホテルのレストランでもかかっていた"She makes my day"もなんだかハマってたし。さて、明日からはいよいよマンチェスターだとおもって、寝てしまった。

May.1.'99

朝テレビをつけると、昨日の事件報道で持ちきりで、フロントで新聞を見ると本当に、一昨日歩いていた、すぐ近くの場所で爆弾が爆発したらしい。ゲイ・バーの痴話げんかが発端らしいが、とんでもない、とかいって
解説者が怒っていた。本当に他のニュースがシャットアウトされてるし、日本のニの字も出てこなかったのを観て、あ、世界的には この扱いなんだなと想った。朝食(3日目にして間に合った)を済ませて、フロントでManchesterまでだいたいどれくらい時間がかかるかをチェックすると なんと3、4時間ということだったので、
10時にはチェックアウトする。その足で、Camden Townへいくと、新宿の西口みたいだった。革ジャンのセールもあったが、とにかく暑いくらいの天気だったので、今日はやめておいた。最後に寄ったBreakdownレコードで、またいくつか欲しかったLPやら7インチやらを購入してしまった。もう買い物は充分だった。そのままマンチェスター行きの列車に飛び乗った。ここで初めて まともに日本から持ってきた"18tracks"と"the live"を聴いた。ようやくBruce Springsteenを見る実感が湧いてきた。”世界の車窓から”見たいな花畑や、放牧の風景をみながら、感動した。ようやく夕方4:30にManchesterについて、ホテルを探すと、すぐに見つかった。かなりの由緒あるホテルだったが、時間がなかったので、入り口で運良く見つけた"The River"のTシャツを着たファンに会場までの行きかたを教わりすぐに出かけた。

会場までの道は近かったけど、どこもかしこも休みで車だけが騒々しく通りすぎていった。途中不安になったが、会場の裏口でようやくポスターを見つけて、ほっとした。どうやら会場の裏手に辿りついてしまったみたいで
表にまわると、通用口がみえてきて、しばらくいるとPatti Schalfaが子連れで車からおりてきた。Bruceが来る迄待っていようとも想ったが、万一迷ったりして、未知の場所で何があるかわからないな、と思い直してすぐに会場入りした。中ではめちゃくちゃかっこいい"Born To Run"のTシャツを見つけたが、小銭しか持ってなかったので翌日買うことにした。

Evening News-Arenaは入り口は東京ドームみたいだが、入ってみると横浜アリーナクラスの会場だった。席は傾斜がついていて、けっこう観やすかった。夜7時50分、一斉に照明がきえると"BRUUUUUUCE!!"て感じの声援がようやく始まり、ウェイヴまで起こった。

騒然とする中、BRUCEとE-STREET BANDのメンバーが登場した。11年振りの再会だ!!ボスのカウントから"MY LOVE WON'T LET YOU DOWN"が始まった!!!!!
"Tracks"
 その後は、意外に長くつづいた トムジョードのソロ・ワールドツアーの行方をチェックするぐらいで、しばらく沈黙の期間が訪れた。来日から二年が経とうとする少し前に、水爆級のニュースが飛び込んでくる!

 "Tracks"のリリースが発表されたのだ。66曲の未発表曲集、との触れ込みで、それまでリリースできなかったアウトテイクが全て収録されている、と。セットリストが発表になるまで気が気じゃなかった。Webで目撃したのが
"Growin 'Up"のデビュー当時のギター弾き語りの映像で、この頃にクラブクアトロで観たかった、、、と悔しがったのを今でも覚えてる。とうとう発表されたCD4枚のセットリストを見ると、それまで、ありとあらゆる文献で目にしていたものの、聴けずにいたナンバーが、綺羅星のように並んでいた。でも、なぜか、"Born To Run"のアウトテイクは1曲だけで、"Darkness On The Edge Of Town"からも10曲足らずで、これが本命!と想っていたいくつかのナンバーは、無かった。"The Fever"と"The Promise"は、その最たるものだった。(後に"18Tracks"に収録されるが)



一番盛り上がったのは、やはり"The River"のアウトテイクで、正直、曲だけを聴いていると落ちた理由が分からないクオリティの高さだった。でも、"Held Up Without A Gun"のスタジオテイクがなかったりとか、"Nebraska"のアウトテイクの"The Big Payback"が抜けていたりとか、完全無欠のコンプリートというわけでもないところが不可思議だった。期待していた"Born In The USA"のセッションは、発売当時からアウトテイクがB面で5曲発表されていたので、明らかに音楽的にアルバム曲と重複していたりとか、歌詞の原型、というか、これが発展して別の曲になった、とか落とされた理由が明確なナンバーが多かった。"Man At The Top"は わざわざライヴでも唄われてたぐらいだし、なんで落としたのだろうと想ったが、時事性が強すぎたのかもしれない。"Tunnel Of Love"からの5曲で意外な事に一番良かったのが”The Wish"で、アルバムで父親の事をうたったナンバーとは対照的に 母親を唄ったナンバーで凄くロマンティックな曲構成とメロディを持っていると感じた。Disk-4の、ある意味完全に未発表のアルバムといえる最後の一枚は、なかなか複雑な想いで聴いた。試行錯誤の途中の段階、という感覚が伝わって来たのだ。それは、逆の意味で、いかにブルースがE-Street Bandと一心同体でデビューからずっと活動を続けて来たのかということが音で証明された、と想う。後述するが、この後のツアーで、ブルースは"Tracks"からの曲は意外なほど披露しなかった。ブルースは この頃(98年)迄、ずっと「アルバム一枚で物事を全て言い切る」ことに尋常ならざるこだわりを持っていて、一旦、ストックを全部出して、そこから解放されたくなったのではないか。これからは"多作"になる、と当時のインタビューで語っていたが、その次の10年は、本当に、それをやってみせたのだ。いわゆる完全復活への、何よりの起爆剤となったと今では想える"The E Street Band"との"Reunion"ツアーが始まることになるのだが。




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