Greetings from Lover's Lane
ブルース・スプリングスティーンについて、なにもかも。
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Tribute To Joey!
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 ブルースと、初期パンクスの交流は、実は沢山ある。
"闇に吠える街"を共同制作した、ジミーアイオヴィンを通じて知り合った、パティスミスに書きかけの"Because The Night"を提供して、ライヴに飛び入りしたりとか、ブルースの80年代の作品の屋台骨を支えたボブクリアマウンテンは、エンジニアとしてのデビューは、デッドボーイズの1stアルバムのラフミックスだったし、ジョーストラマーは ブルースの最初のロンドン、ハマースミスオデオンでのライヴを観客として体験していた。オーストラリアのThe Saintsも80年代に入ってからブルースの"Born In The USA"に影響された"Just Like A Fire Wood"をリリースしているぐらいだ。

 ブルースは、自身のライヴでの空前絶後のパフォーマンスそのものが、スキャンダルの一つとしてのパンクに対しての最大のアンチテーゼだと、位置づけていたし、ジョニーロットンや、ジョーストラマーが、スプリングスティーンに対して悪態をついたという話は、自分の知る範囲では訊いたことがない。

 ラモーンズとブルースの最大の共通点は、フィレスサウンドがルーツにあることだと想う。ブルースは、アルバム"明日なき暴走"のレコーディング中に、フィルスペクターがDionのアルバムレコーディング中のスタジオを訪れ、たまらなくフィルスペクターにレコードのプロデュースを依頼したい想いに駆られたという。

ブルースにとっての最初の大ヒット曲"Hungly Heart"は、そもそも、ラモーンズに提供するつもりで、書き上げたが、辣腕のジョンランドーが"勿体ない"とストップをかけて、立ち消えになった。80年に、ラモーンズがフィルスペクターのプロデュースで"End Of The Century"をリリースしているが、見事な迄にBack To The 50s、60sの自身のルーツに敬意をはらったアルバムだった。もしフィルスペクターが止めなかったら、この中にラモーンズヴァージョンの"Hungly Heart"が収録されていたかもしれない。さすがにオリジナルヴァージョンが とてつもないアンセムになった今では、ラモーンズの為のデモ録音は残ってないかもしれないが、The River のBoxセットの片隅に、ひっそりシークレットトラックで収録してほしい 笑

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